20 年前、30 年前と比べると、ナチュラルワインというムーブメントが起きたおかげで、本当に楽しい業界になったと思っています。
若い方には多分わからない。「何を言ってるんだ」となると思うんですが、同世代の方は、こんなにみんなが――例えば SNS で――ワインを真剣に語る人がこんなにいるんだ、ということに、賛否はあると思いますが、僕はもう本当に嬉しくて。
「たかが嗜好品」と呼ばれるものに、今日は大阪や地方からも自腹で来ている人がたくさんいる。ナチュラルワインが生まれていなければ、このイベントもなかった。あのままだったら、楽しくない業界になっていたんじゃないかと思います。
ワインの世界では、いつもこういうムーブメントが起きるんです。たとえばスーパートスカーナや、20 年前のバローロボーイズ。
シャブリも、戦後すぐはコンクリートタンクですごく鈍くさいワインが多かったところから、復興してステンレスタンクが使えるようになり、寒いエリアのブドウとステンレスタンクのバランスが取れて、シャープなシャブリが「今のシャブリのクラシック」と呼ばれるようになった――そんな最近の話なんです。
いつも論争は起きて、「いいか悪いか」をやりながら、最終的に残るのはいつも折衷案なんですよね。両方を混ぜていいところを取った人たちが残る。
今、ナチュラルワインはまさにそこに来ていると思っていて――
僕らが最初にナチュラルワインをやり始めた 25 年前は、本当にオールドワールドからの脱却、金太郎飴ワインからの脱却を、なんとかいい状態にしたい、という生産者がたくさんいた。
そこから次第に、その歴史を知らない人たちがワインを造り出した時に、「0 が全て」「何もやらないのがいい」というライフスタイル寄りの話が出てきた。そうするとオーバーになって、嫌悪感を感じる人が出てきて、揺り戻しが来て、今ナチュラルワインの世界と、そうじゃない世界が分断されているような印象を受ける。
でも僕からすると、「こんなに話題になっていいなあ」とも思う。
結局残るのは真ん中で、いいところを取って残っていくと思うので、ナチュラルワインの世界は、「ナチュラルワイン」という言葉がなくなった時、わざわざ使わなくなった時こそが、一つの着地点になるのかなと思っています。
日本の場合は、まだこれからです。本当に、どの産地でどの品種をどう育てるか、まだ全然試験もできていないところばかりなので、可能性しかないエリアだと思っています。
実際、僕たちが大阪で 15 年ぐらいブドウを作り続けてきて、本当にしんどい時もあったんですが、今はとても安定して作れるようになりました。
たまにミスして(ブドウが)全滅したりもしますが、それでも原因がちゃんと分かるし、「全滅の原因はここにあったな」と次の年に活かせるようになった。
ワインが料理と少し違うのは、1 年に 1 回しか仕込めないこと。料理なら 1 日 10 回試作できるかもしれませんが、ワインは結果が出るまでの時間の流れがとても緩やかなんです。
生産者は 1 年の中で細かい実験を重ねながら、1 年後、2 年後、3 年後、4 年後――そして結果が出るのが 10 年後、ということを目指してやっている。
日本のワインでこういう生産者が増え出したのはこの 10 年なので、本当にやっと動き出したところです。
もちろん紆余曲折はあって、大事なのは新陳代謝ですね。ワイナリーができてはなくなって、という時代にこれから入ってくると思いますが、それは決して悪いことではなくて、新陳代謝が起きない業界は廃れていくので。
ナチュラルワインはこれからある程度、折衷案が生き残っていくと思いますし、日本に関してはまだまだ余地しかないので、その中で日本でナチュラルをやるかどうかも一つの選択肢、やらないのも一つの選択肢だと思います。
今はまだ研究段階というか、全員で日本中を挙げて研究しているような段階で、情報交換も含めて、いろんな団体やグループ、仲間が集まって、いろいろなことを話し合っている途中。それができるだけでも、日本はすごくいい国だなと思いますし、いい飲み手もたくさんいてくれるので、個人的にはすごく明るいなと思っています。